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面会交流をめぐる控訴審判決 [面会交流]

 平成27年1月21日、福岡高等裁判所において、面会交流について、父(長男を監護している)が、母(次男を監護している)及びその代理人弁護士に対して、月2回の面会交流をする調停合意をしたにもかかわらず、面会交流が実施できなくなっていることが不法行為にあたるとして、損害賠償を求めていた事件の控訴審判決があった。

 父からの500万円の損害賠償請求につき、一審・熊本地裁判決は、妻と弁護士の、連帯して金20万円の損害賠償義務を認定しており、議論を呼んだ。
 
 その後、妻は上記一審判決を不服として控訴をし、父も200万円の損害賠償を求める控訴をし、双方控訴の状態での控訴審審理が行われ、控訴審では、一審被告(妻ら)敗訴部分の取り消し、一審原告(夫)の請求・控訴の棄却という判断がなされた。
 
 訴訟の主な争点は、ひとえに個別事情による部分も多いため、詳細な記載は割愛しますが、この事件のうち、特に私が問題を感じたのは下記のような点である。

1 面会交流調停のあり方について

 本件事件では、父と長男は熊本県内に、母と次男は大分県内に居住していた。
 当事者夫婦が、それぞれの子をつれて別居に至ったあと、母は父に対して、離婚調停を提起している。
 その調停において、妻は弁護士をつけておらず、夫は最後の一時期に弁護士をつけたという事情がある。
 調停はごく短期間で終了し、離婚は成立せず、月2回の面会交流の実施だけが約束された。

 九州に詳しい方にはすぐご理解いただけると思うが、幼い子どもたちとその親にとって、月に2回(互いに行き来としてもそれぞれ月1回)、熊本・大分を行き来することは、実質的な九州横断にあたり、相当な身体的・時間的・経済的負担がある。特に、面会交流開始時は次男はまだ0歳で、母乳を飲んでいたという状況だった。

 このような状況で、家庭裁判所がかかわる調停で、当事者の居住地域や子どもの年齢といった事情がありながら、月2回という合意が漫然と受け入れられてよいものか、現実的な履行可能性や、仮に履行困難に陥った時の当事者間に生じるトラブルの見通しはどのように考えられていたのかといったことに、深く疑問を持たざるをえなかった。

 私自身は、この調停の段階には関係をしていないので、私の想起しえない何らかの事情があったのかもしれないとも思う。とはいえ、これまでの経験上、そのようなことまで想定した丁寧な調停がある一方で、聞き分けの良い方の当事者に無理を強いがちとなり、声の大きなものが勝つという流れになりかねない調停を見かけることもまた事実である。

 家庭裁判所では、特に弁護士がついていない調停においては、より丁寧な後見的役割が期待されるはずであり、そうでなければ調停制度、ひいては家庭裁判所そのものの役割が損なわれてしまうと思う。

 本件訴訟においては、既に成立した調停の有効性を争うことは行わなかったが、家庭裁判所も、当事者も、目の前にある争訟や協議を終わらせたい一心で、履行可能性に強い疑問があるような合意の成立には、より慎重になるべきであると思った。


2 履行勧告について

 家庭裁判所では、履行勧告という手続きがある。
 調停・審判などでの取り決め事項を守ってもらえない時に、家庭裁判所を通して、取り決めを守るように説得してもらう手続きである。

 履行勧告手続には強制力がないこと、勧告を求められるような事案は、その時点で既にそれなりにこじれていることが多いため、勧告だけで問題を解決できないことも多いことなどから、勧告をする裁判所側にも、それなりの苦労があることとは察せられる。

 しかし、そうかといって、たとえば本件のように、そもそも履行をしていくことに困難を抱える事案などでは、一方当事者が当初の取り決めを前提とした履行を求めても、他方当事者が履行できないということの繰り返しが容易に生じ得る。

 そのようなやりとりの中で履行勧告が複数回利用されるような場合には、勧告を求められた場合に、ただ当事者それぞれに、相手が何を行っているかを伝え続けたり、あるいは「履行してください」と言い続けるだけでよいのか、という点に疑問を持った。

 もちろん、履行勧告がそのような制度である以上、裁判所としてそれ以上どうしようもない、という考えもあるとは思う。けれども、履行勧告が複数回おこっているような特に高葛藤にあるような事案については、当事者の一方ないし双方のストレスないし不満はピークに近づいており、新たな争訟への発展も時間の問題であることを予測して、より丁寧な事情聞き取り・記録化・事後の状況確認などがなされてもよいのではないかとも思えた。

 そうでなければ本件のように、ただ、履行勧告をした、当事者がこれに応じられなかったという事実だけが残り、具体的な履行勧告の詳細については正確な再現ができなかったり、あるいは当事者は当時の事情・経過ぬきに、ただ、勧告に対応できなかったという事実のみを指摘される事態に至る可能性があり、事後の争訟の公正な解決にも資さないのではないかと思えた。


3 当事者双方の誠実協議義務について

 面会交流は(抽象的ないし具体的)権利か、という点については、諸々の議論があるが、少なくとも日本においては、親の権利というよりは、子の福祉を図るもの、あるいは子の監護に関する一形態として捉えられているものであることだけ記載し、詳細記載は控える。

 この点につき、本訴訟においては、一審判決・控訴審判決ともに、面会交流についての調停合意があることを前提に、面会交流の実施に関する当事者の関係性について、監護親・非監護親双方に誠実協議義務があると考えたうえで、「一方当事者が、正当な理由なくこの点(面会交流を実施するため具体的日時、場所、方法等の詳細な面会交流の条件の取り決め)に関する一切の協議を拒否した場合とか、相手方当事者が到底履行できないような条件を提示したり、協議の申し入れに対する回答を著しく遅滞するなど、社会通念に照らし実質的に協議を拒否したと評価される行為をした場合には」誠実協議義務に違反がある、という趣旨の判断がなされた。

 私自身、面会交流の意義や重要性を否定するつもりはなく、継続ないし再構築できる親子関係はそうすべきえあると考えているが、それにしても、昨今の、面会交流至上主義的な裁判所の流れには、強い違和感を持たざるをえない。実際、様々な視点から、その根拠が薄弱であること、高葛藤事案に対する配慮が不足していることなどから、諸々の異論が出されてきているところでもある。

 とはいえ、本件訴訟は、そのような議論とはまた次元を異にした、面会交流は、仮にそこに何らかの権利性を認められる段階に至っている事案であっても、事案の性質上、当事者双方の協力なくして成り立ち得ないものであるから、相手の履行義務を問うからには、自分も面会交流が円滑に実施できるよう誠実協議義務を果たしておく必要があるという、あたりまえのことが、あたりまえに認定された判決であり、そのことに意味があるものだと考える。

(郷田真樹)
 


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