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女性協同法律事務所誕生のころ−1 [事務所]

 1989年1月、女性協同法律事務所は誕生しました。
 弁護士は私辻本育子と原田直子さんの2人、事務員さん1人でした。
 当時私は弁護士になって12年目、原田さんは7年目でした。
 
 事務所を作った動機は、私自身、一生働くことを当然と思っていたにもかかわらず、大学4年の就職活動で躓いたのが理由で、弁護士になろうと決意したことが根っこにあります。
 
 それで、司法試験の勉強中も弁護士になったあとも、女性差別とたたかう弁護士になろうと思っていました。
 ところが、実際弁護士になっても、なかなかそういう相談が来ないのです。
 
 「差別がないはずはないのに、どうしてかな?」と思いつつ、10年余を過ごしたとき、「やはり、性差別などの問題に遭遇した女性が相談に来ないのは、どこに行ったらいいのか分からないということも大きな理由ではないかしら。一見して、女性のための事務所だということが分かる事務所を作ったら、違うかもしれない」と思うようになりました。
 そのときに、原田さんから一緒に事務所を作りませんかという提案があり、一緒に「女性の権利のために活動する法律事務所」を作ろうと言うことになったわけです。
 
 そして、私たちが作ろうと思った法律事務所は、いわば、「女性の駆け込み寺」的な法律事務所でもありますが、それだけでなく、そこで働く私たちにとっても、出産や育児あるいは自分の病気や家族の介護などに直面しても、仕事を辞めるのではなく、仕事量を調整したりして長く働き続けることができる事務所でした。
 
 1989年1月というのは、元号で言えば、昭和が終わり平成が始まった時期です。
 そのころ、一般には女性のことを婦人といっていました。
 公的な表現でも、婦人センター、婦人相談員などのように。
 でも私たちは「婦人」という言葉は使いたくありませんでした。
 「婦」という漢字は、「女」と「箒(ほうき)」との合字で、もともとは女が箒を持って掃除をするという意味があり、そこから主婦・嫁の意味に用いられるようになったそうです。
 それは、私たちが目指す「女性の権利のために活動する法律事務所」のイメージにはそぐわない感じでした。
 
 次に、「共同」ではなく「協同」にした理由は、一言で言えば、私が「いつも誰かと一緒に行動する」ということがあまり好きでなかったからです。
 もちろん、女性の権利の擁護が目的の事務所ですから、その課題では共同して行動するのは当然ですが、女性弁護士といっても、その外にいろいろやりたい課題(テーマ)があるはずです。
 そのやりたいことが社会的に意義があることならば、一緒に行動しなくとも、それが出来るように協力していこうという思いを込めて名付けました。

 事務所を開設したとき、「女性による女性のための法律事務所が出来た」ということで、新聞やラジオ・テレビなどが大きく取り上げてくれたために、沢山の女性の相談者が来所されました。
 そのなかに、我が国初のセクハラ訴訟と言われている福岡セクシュアル・ハラスメント訴訟の原告の方もいらっしゃいました。
(続く)

辻本育子
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